スモールM&Aとは何か?手法や進め方、メリットと注意点を解説
近年、『スモールM&A』という言葉を目にするようになった人も多いでしょう。規模の小さなM&Aの総称で、中小企業や小規模事業者、個人事業主の間にも浸透し始めています。スモールM&Aの特徴やスキーム、一連の流れなどを解説します。
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1.スモールM&Aとは?
後継者不足の深刻化や国内市場の縮小などを背景に、中小企業や個人事業主の間でスモールM&Aが増加しています。M&Aとは『Mergers and Acquisitions』の略称で、企業の合併・買収を意味する言葉です。
スモールM&Aの定義や、一般的なM&Aとの違いについて理解を深めましょう。
1-1.規模の小さな事業の売却・買収を指す
スモールM&Aとは、規模の小さなM&Aを指します。明確な定義はありませんが、以下の条件に合致するものは、スモールM&Aに該当すると考えてよいでしょう。
- 個人事業主や小規模事業者によるM&A
- ベンチャー企業のM&A
- 取引規模が1億円以下のM&A
- 売り手の従業員数が30人以下
- 売り手および買い手の年間売上高が年間5億円以下
かつてはM&Aというと、上場企業や外資系企業が行うものというイメージがありました。しかし近年は、中小企業や小規模事業者、個人事業主によるスモールM&Aが増えています。
取引規模が1,000万円以下のものは、『マイクロM&A』と呼ばれる点も覚えておきましょう。
参考:中小企業のM&Aが増加する理由。第三者への事業承継とは
1-2.スモールM&Aが注目されている背景
スモールM&Aは、後継者不在問題の解決策として注目されています。帝国データバンクの調査によると、2022年における全国・全業種の後継者不在率は57.2%です。
経営者の高齢化と後継者不在に伴う廃業に歯止めをかけるため、2021年4月に中小企業庁は『中小M&A推進計画』を策定しました。
中小企業や小規模事業者向けの相談窓口や補助金制度などが設けられたことで、M&Aのハードルが下がりつつあるのが現状です。
少子高齢化で市場の縮小が進む昨今では、M&Aを成長戦略の一つに位置づける企業も増えています。今後はスモールM&Aがより身近なものとなるでしょう。
参考:特別企画:全国企業「後継者不在率」動向調査(2022)|株式会社 帝国データバンク
1-3.主な手法は「株式譲渡」「事業譲渡」
ほとんどのスモールM&Aにおいて、スキームは『株式譲渡』または『事業譲渡』が選択されています。
株式譲渡は、株式の譲渡(売買)によって経営権を移行させる手法です。手続きは簡便ですが、資産だけでなく負債も引き継ぐため、買い手は事前の買収調査(デューデリジェンス)を綿密に行う必要があります。
参考:株式譲渡にはどんな手続きが必要?契約や税金に関する基礎知識
事業譲渡は、売り手が保有する事業の一部またはすべてを譲渡する手法です。譲渡範囲を契約で定められる点はメリットですが、取引先や従業員とは個別に契約をし直す必要があり、株式譲渡と比べて手間や手間がかかります。
参考:事業譲渡の目的、主な特徴とは。専門家の知識が欠かせない理由
M&Aの手法については、以下のコラムでも詳しく解説しています。
2.スモールM&Aのメリット
スモールM&Aは、売り手と買い手の両方にさまざまなメリットをもたらします。市場の縮小や後継者不在などの課題を抱えている企業にとって、スモールM&Aは救世主になり得るでしょう。
2-1.売り手側のメリット
後継者不在に悩む中小企業は、スモールM&Aによって事業の存続が可能となります。廃業に伴うコストを抑えられる上、従業員の雇用も守られるでしょう。大きな企業に買収されれば、従業員が活躍できるチャンスは今よりも広がるかもしれません。
経営者が個人保証や担保を負っている場合、買い手がそれらを引き継いでくれる可能性があります。重荷から解放され、新たな気持ちで第二の人生をスタートさせられるでしょう。創業者であれば、事業売却による創業者利益も獲得できます
2-2.買い手側のメリット
買い手にとっての最大のメリットともいえるのが、売り手が保有する事業資産が獲得できる点です。
特に、技術・人材・ブランド・ノウハウ・組織力といった知的財産は、企業価値を生み出す源泉です。自社とのシナジー効果やスケールメリットを享受できる上、自社ビジネスの弱みの補強もできます。
事業の多角化で新規事業を立ち上げる場合、市場シェアを獲得するまでに膨大な時間と労力が必要ですが、スモールM&Aで既存事業を買収すれば、スピーディーな市場参入が実現するでしょう。
参考:M&Aのメリットを細かく紹介。M&Aによる相乗効果や節税効果とは
3.スモールM&Aの注意点
スモールM&Aにはメリットだけでなく、デメリットやリスクも存在します。取引価格だけにこだわりすぎると、思わぬ落とし穴にはまるケースもあります。専門家のサポートを得ながら、事前調査や交渉は慎重に行う必要があるでしょう。
3-1.売り手側の注意点
スモールM&Aでは、「いい買い手が現れない」「希望の条件・価格で譲渡できない」といった売り手の声もよく耳にします。
自社を高く売りたい買い手に対し、買い手はできるだけ安い価格で取引をしようとします。M&Aの経験が豊富なストロングバイヤーが相手の場合、交渉に負けて安く買い叩かれる可能性があるでしょう。
運よく買い手が見つかったとしても、長年培ってきたブランドや先代の思いがそのまま受け継がれるとは限りません。M&A成立後に買い手が仕入先を変更すれば、長年の取引先との関係性がそこで断絶してしまいます。
3-2.買い手側の注意点
中小企業や小規模事業者では、簿外債務が生じやすい傾向があります。
簿外債務とは、貸借対照表上に表れない債務のことで、買掛金・未払い残業代・退職給付引当金・賞与引当金・債務保証などが当てはまります。M&A成立後に多額の簿外債務が発覚すれば、買い手は思わぬ損失を被るでしょう。
参考:簿外債務の種類や見つけ方。買い手と売り手それぞれの対策は?
また小さな会社は、経営者の人柄や魅力に経営が依存しているケースが多く、経営者が替わった途端、長年の得意先や顧客、従業員が離反する恐れがあります。優秀な人材や有力な取引先がなくなれば、企業価値は大きく毀損するかもしれません。
4.スモールM&Aを行う流れ「事前準備」
スモールM&Aを成功させる秘訣は、事前準備にしっかりと時間をかけることです。準備が不足していたり、目的が不明確なままだったりすると、重要な局面でスピーディーな意思決定ができません。事前準備の流れとポイントを解説します。
4-1.磨き上げで企業価値を高める
売り手は、企業価値を高めるための『磨き上げ』に着手しましょう。磨き上げとは、M&Aの交渉前に行う経営改善のことで、以下のような取り組みが含まれます。
- 強み・弱みの可視化
- 強みや魅力の強化
- 事業に必要のない資産の処分
- 負債の返済
- トラブルの解決
- 職責の明文化・管理職への権限委譲
- 就業規則や服務規律の整備
M&Aにおいて、譲渡価格や譲渡条件は売り手と買い手の交渉によって決まります。磨き上げで企業価値の向上に成功すれば、買い手からよりよい条件が引き出せるでしょう。
4-2.スモールM&Aの目的を明確化
スモールM&Aは、手段であって目的ではありません。売り手・買い手ともに、何のためにスモールM&Aを行うのかを明確にすることが肝要です。
<売り手の目的>
- 後継者問題の解決
- ノウハウや技術の継承
- 従業員の雇用の維持
- 不採算事業の切り離し
- 事業拡大
- 創業者利益の獲得
<買い手の目的>
- 新規事業への参入
- 事業の多角化
- 既存ビジネスの強化
- シナジーの創出
- スケールメリットの獲得
- 知的財産の獲得
目的やビジョンが不明確だと、M&A戦略にぶれが生じます。取引が成立したとしても、統合効果を最大化できず、M&Aは失敗に終わるでしょう。
目的を明確にした後は、市場調査や自社分析を行いながら、企業の経営方針やビジネス戦略に基づいたM&A戦略を策定します。
4-3.サポーター・プラットフォームの選定
スモールM&Aでは、専門知識が問われる場面が多々あります。サポーターやプラットフォームを最大限に活用しながら、交渉を少しでも有利に進められるように尽力しましょう。
中小企業のスモールM&Aでは、M&A仲介業者を起用するのが一般的です。交渉は当事者同士が行いますが、戦略の策定や契約書の作成、デューデリジェンスの実施などにおいて、専門家の立場からさまざまなアドバイスがもらえます。
長いプロセスを二人三脚で歩んでいくことになるため、パートナーとして信頼できるかどうかをしっかりと見極めなければなりません。
参考:M&A仲介サポートの内容とは?特徴や選び方、有名な5社も紹介
4-3-1.サポーターの種類と特徴
スモールM&Aを支援するサポート役は、M&A仲介業者だけではありません。普段から取引のある金融機関や弁護士、税理士、会計士などにサポートを依頼できます。
- ファイナンシャルアドバイザー(FA)
- 日本政策金融公庫や銀行などの金融機関
- 商工会議所
- 事業承継・引継ぎ支援センター
- 士業(弁護士・税理士・公認会計士など)
- M&Aのマッチングサイト
- M&A仲介業者
日本政策金融公庫や事業承継・引継ぎ支援センターには、M&Aや事業承継の無料相談窓口があります。M&A仲介業者やアドバイザーを起用する前に、一度相談に行くのもよいでしょう。
M&Aのマッチングサイトは、売り手と買い手をつなぐオンライン上のプラットフォームです。基本的に仲介業者やアドバイザーは介入しませんが、別料金で専門家を紹介してくれるサイトもあります。
5.スモールM&Aを行う流れ「交渉準備」
M&A専門業者と契約を締結した後は、交渉準備に入ります。機密情報のやりとりが多くなるため、情報漏えいに十分に注意しながらプロセスを進めていきましょう。
5-1.ノンネームシートの作成・提供・確認
候補を探すに当たり、売り手は『ノンネームシート』を作成します。売り手の企業情報を匿名ベースでまとめた1枚ものの資料で、買い手の興味を打診するために使用します。
ノンネームに記載されるのは、業種や譲渡理由、企業規模といった大まかな情報のみで、企業名が特定される情報の提供は行いません。
買い手は仲介業者やアドバイザーを通してノンネームシートを確認し、興味のある売り手に対しては『企業概要書(IM)』の開示を求めます。
参考:ノンネームシートの役割とは。記載内容や作成上の注意点を解説
5-2.秘密保持契約を交わして詳細情報を提供
企業概要書には、事業概要やビジネスモデルはもちろん、主要取引先や財務状況までが克明に記されます。数十ページにも及ぶボリュームで、企業に関するすべての情報が詰まっているといっても過言ではありません。
機密情報や会社売却の意思が外部に漏れれば、売り手はさまざまな不利益を被るため、情報の開示前に『秘密保持契約書(NDA)』を交わすのが原則です。
契約書には、秘密保持義務・情報開示が許される範囲・目的外使用の禁止・損害賠償条項などが盛り込まれます。
参考:ネームクリアとは?秘密保持契約、IMなどM&Aの準備を解説
6.スモールM&Aを行う流れ「交渉段階」
交渉フェーズは、トップ面談・条件交渉・デューデリジェンスに区分されます。専門家やサポーターの協力を得ながら、納得がいくまで話し合いを進めましょう。デューデリジェンスの結果によっては、M&Aが不成立に終わるケースもあります。
6-1.トップ同士の会談
M&Aの意思が固まったところで、経営者同士の『トップ面談』を行います。結婚でいうお見合いに相当するもので、相手の人柄や経営理念、M&Aの方向性などを確認します。相互理解を深める機会であり、細かい条件交渉は行わないのが一般的です。
売り手は買い手からの質問に明確に答えられるように、自社の強みや課題などを整理しておく必要があります。買い手は売り手の情報を収集した上で、M&Aの目的や計画を具体化しておきましょう。
トップ面談で信頼関係を構築できれば、その後のプロセスが円滑に進みます。
参考:M&Aで重要とされるソーシングとは。交渉までの進め方を知ろう
6-2.条件交渉を行う
トップ面談の後は条件交渉に進み、M&Aのスキームや譲渡価格、スケジュールなどを話し合います。双方が合意に達した時点で、暫定的な合意事項を定めた『基本合意書』を締結し、デューデリジェンスに進む流れです。
基本合意書は、本契約(最終契約書)の前段階で交わされる書面で、双方の合意形成とスケジュールの明確化が主な目的です。法的拘束力はありませんが、独占交渉権や秘密保持義務などの一部の条項には法的効力を持たせるのが通例です。
参考:基本合意書の意味と内容。独占交渉権の付与など重要なポイント
6-3.デューデリジェンスの実施
デューデリジェンスとは、買い手が売り手に対して実施する買収調査です。弁護士や公認会計士、税理士などの協力を得て、売り手の内情を調査・分析し、企業価値の実態やリスクを洗い出します。
デューデリジェンスの項目は多岐にわたりますが、スモールM&Aの場合は、『財務』『法務』『ビジネス』の三つが優先されます。売り手は買い手の求めに応じ、適正な情報を都度提供しなければなりません。
デューデリジェンスにかかる期間は最低1カ月が目安ですが、事業規模が小さいスモールM&Aの場合は2週間程度で終了するケースもあります。
参考:M&Aにおけるデューデリジェンスの役割。調査項目や進め方を知る
7.スモールM&Aを行う流れ「契約締結段階」
デューデリジェンスの結果を踏まえ、最終交渉と契約終結のフェーズに進みます。最終契約書の締結後は後戻りができないため、売り手・買い手ともに交渉には熱が入ります。
7-1.最終交渉を経て契約締結
デューデリジェンスの実施後、結果に基づき最終交渉を行います。リスクの発覚時には、定量化が可能なものは価格に反映されます。
定量的な判断が不可能な場合は、スキーム変更を行うか、クロージングの前提条件や誓約事項、表明保証などに規定を追加して対処するのが一般的です。
最終契約書には、これまでに合意したすべての内容が記載されます。以下は、記載内容の一例です。
- 取引内容(スキーム・金額・対価の支払い方法など)
- クロージングの前提条件
- 誓約事項
- 表明保証
- 表明保証に違反した際の補償条項
『表明保証』とは、ある特定の時点において、財務や法務などの事項が真実かつ正確であることを、売り手が買い手に表明・保証するものです。
7-2.契約後の手続き
最終契約から引き渡しまでのプロセスは『クロージング』と呼ばれます。クロージングを終了するには、最終契約書に記載されたクロージングの前提条件を満たさなければなりません。
前提条件が充足された後は、引き渡しの手続きや譲渡代金の支払いなどを得てM&Aが成立します。クロージング完了までの期間は、1カ月~1年と考えておきましょう。
その間、売り手と買い手は社内外への情報開示(ディスクローズ)を行います。クロージングの完了前にM&Aの事実を公開すると、キーマンや従業員が離職する恐れがあるため、いつ・誰に・どのタイミングで公表するか慎重に決定しましょう。
参考:M&Aのクロージングで行う手続きや、取引が中止になる条件を解説
8.スモールM&Aの成功事例は?
スモールM&Aに初めて挑戦する企業や個人事業主は、より多くの成功事例に触れることが重要です。スモールM&Aに踏み切った目的や理由、スキームなどを参考にしましょう。
8-1.株式会社ミチ
株式会社ミチは東広島市に本社を構える企業で、製造業向けシステム開発や工場向けの音声認識サービスを事業の柱としています。
2019年7月、同社は新規事業に専念するため、自社オリジナルのネイルチップブランド事業である『ミチネイル』を、丸井織物株式会社に事業譲渡しました。
丸井織物株式会社は日本最大級の合繊織物メーカーです。ものづくりとITの融
合をビジョンに、各種織物の製造販売やウェブサービスを利用した物販などを行っています。
オリジナルTシャツ制作サービスとのシナジー効果を見込んで、ミチネイルの事業譲受に踏み切りました。
参考:「「ミチネイル」を事業譲受 ーニュースリリース」|丸井織物株式会社
8-2.株式会社Choisee
株式会社Choiseeは、仙台市にあるWebサイト制作・Webマーケティング会社です。Web集客力の高さが強みで、過去に制作したメディアは、2年6カ月で累計5,000万PV以上を獲得しています。
同社は新規事業に挑戦するため、2016年から運営していたオウンドメディアを大阪のWeb関連会社に数千万円で事業譲渡しています。交渉や契約はフルリモートで、募集からわずか2カ月足らずでM&Aが完了しました。
9.スモールM&Aの仕組みを正しく理解
スモールM&Aは、通常のM&Aよりも規模が小さく、中小企業や小規模事業者、個人でも気軽に挑戦しやすいのが特徴です。スキームは株式譲渡と事業譲渡が大半で、クロージングまでの流れは一般的なM&Aとほとんど変わりません。
企業価値の算定やデューデリジェンスでは、税理士をはじめとする専門家のサポートが不可欠です。
税理士法人チェスターでは、事業承継に特化したスモールM&Aの成功をサポートします。ぜひ気軽にご相談ください。
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