事業譲渡における債権者保護の必要性。手続きを省略できるケースとは

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債権者に影響が及ぶ合併や分割などの組織再編では、債権者保護の手続きが法律で定められています。一方、事業譲渡で債務の移転が起きないなら、保護の手続きは不要です。両者の違いや手続きが不要なケースについて解説します。

1.債権者保護手続きが必要なケース

1.債権者保護手続きが必要なケース

債権者保護手続きが必要なのは、債権者が不利益を被る可能性があるケースです。例えば合併や分割では手続きが必要ですが、事業譲渡では基本的に必要ありません。それぞれの違いについて確認していきます。

1-1.債権者に影響を及ぼす組織再編の場合

会社法では、債権者に影響が及ぶ組織再編をする際には、債権者保護の手続きを行わなければいけないと定められています。例えば『吸収分割』『新設分割』『合併』『株式交換』『株式移転』を実施するケースです。

これらの手続きでは、財産も債務も全て買い手に引き継がれます。ただし企業の状況によっては、債権の回収が難しくなるケースもあるでしょう。

そのため債権者保護手続きを行わなければいけません。具体的には、債権者が組織再編に異議申し立てできる期間を1カ月以上設ける方法です。

この期間の詳細や組織再編について債権者へ知らせるために、組織再編の実施について知らせる『官報公告』や、債権者へ個別に連絡する『個別催告』などを実施します。

1-2.合併、事業譲渡の権利義務に関する違い

合併といった組織再編では債権者保護が必要です。ただし、同じようにM&Aで採用される手法の一つである事業譲渡は、債権者保護が必要とされるケースには入っていません。

理由は権利義務の承継方法の違いです。合併を始め組織再編の手続きでは、権利義務は債務を含め全て承継されます。

一方、事業譲渡は権利義務の承継を一つずつ個別に検討する方法です。そのため必ずしも債務を引き継ぐわけではありません。権利義務の扱いの違いにより、債権者保護の有無が異なります。

参考:会社合併の種類とメリット・デメリットを解説。手続きの流れも紹介
参考:事業譲渡の目的、主な特徴とは。専門家の知識が欠かせない理由

2.債権者保護手続きの具体的な流れ

2.債権者保護手続きの具体的な流れ

債権者保護手続きを行うケースでは、債権者へ組織再編の実施を知らせます。その上で債権者が異議申し立てをする期間を設ける決まりです。手続きの具体的な流れを把握することで、スムーズに進めやすくなるでしょう。

2-1.官報公告や個別催告、もしくはダブル公告

組織再編の実施について債権者へ知らせるには『官報公告』と『個別催告』を行うのが基本です。債権者へ知らせるときには、下記の項目を漏れなく含めます。

  • 組織再編することについて
  • 消滅会社や存続会社の商号・住所
  • 存続会社と消滅会社の計算書類に関する事項
  • 債権者は決められた期日まで異議申し立てができること

定款で公告方法を日刊新聞紙か電子公告と定めている企業は、『ダブル公告』で個別催告を省略可能です。官報公告と日刊新聞もしくは電子公告で知らせます。債権者が多く、個別催告の手間が大きい場合に役立つ方法です。

2-2.債権者が異議を表明する期間を確保

会社法では、債権者保護手続きのため、債権者の異議申し立て期間を『1カ月以上』確保すると定めています。例えば9月10日に官報公告を出したら、10月10日までは異議申し立て期間です。

この期間内であれば、債権者は組織再編に対して異議申し立てを行えます。きちんと公告や個別催告で知らされている場合、期限内に債権者のアクションがなければ、異議申し立てはないものとして扱われる決まりです。

3.M&Aで債権者保護手続きが不要なケース

3.M&Aで債権者保護手続きが不要なケース

権利義務を包括的に引き継ぐ組織再編では、債権者保護手続きが法的に定められています。ただし全ての手法で債権者保護手続きが必要なわけではありません。不要なケースも存在しています。

3-1.債務の移転がない場合

組織再編をしたとしても、債務の移転がないなら債権者保護手続きは不要です。例えば会社分割をするとき、分割会社の債務や資産には変動がありません。

そのため分割会社の債権者は、これまで通り支払い請求ができます。会社組織が変わったとしても、債権者には何ら影響が及ばない状況のため、債権者保護手続きを実施する必要はありません。

3-2.買い手、売り手の一方か両方に請求できる場合

組織再編により、債権者にとって従来より有利な状況になる可能性もあります。『併存的債務引受』や『重畳的債務引受』と呼ばれる方法です。

この方法で債務を承継した場合、売り手・買い手ともに債務者となります。そのため債権者にとっては債権の請求先が増え、有利になる手続きです

債権者保護手続きは不利益を被る債権者に対して取られる措置のため、有利になる場合は対象外です。債務を持つ売り手も買い手も、債権者保護手続きを行う必要はありません。

ただし兄弟会社間で会社分割をする『人的分割』では、分割会社の純資産が極端に減ったりなくなったりする可能性があります。このケースでは債権者が不利益を被る可能性があるため、債権者保護手続きが必要です。

3-3.株式譲渡の場合

株式の売買により会社の経営権を承継する『株式譲渡』も、債権者保護手続きは必要ありません。株式譲渡は発行済みの株式を対象とした取引で、企業の資産に影響を及ぼすものではないからです

経営権は買い手に移りますが、会社そのものには変化がないため、債権者に影響が及ぶこともないと考えられます。そのため債権者保護手続きについて、法的な定めもない手法です。

参考:株式譲渡にはどんな手続きが必要?契約や税金に関する基礎知識

4.事業譲渡で商号続用の場合の債権引き継ぎ

4.事業譲渡で商号続用の場合の債権引き継ぎ

基本的に事業譲渡では債権者保護手続きが必要ありません。しかしケースによっては、債権者に債務の状況を示さなければいけないケースもあります。

4-1.免責登記がないときは連帯債務のようになる

事業譲渡を受けた買い手企業が売り手の商号も引き継ぐ場合、買い手は売り手が事業で負った債務に対しても、弁済責任を負わなければいけません。これは債務を引き継がない契約でも同様です。

同じ商号で事業が継続している場合、債権者は売り手企業が事業を継続しているものと考えるかもしれません。正確な状況を把握しておらず、異議申し立てや支払い請求の機会を逃している状況です。

債権者に不利益が発生する可能性がある状況のため、買い手は債務の支払い義務を負います。ただし『免責の登記』をしていれば、買い手に支払い義務は生じません。

誰でも閲覧できる登記簿に、売り手の債務を負わない旨が記載されているため、債権者は保護されているとみなされるからです。

4-2.第三者による譲渡範囲の把握が困難なため

商号を引き継ぐことで買い手が債務を弁済する責任を負うのは、第三者にとって事業譲渡の契約内容が見えにくいもののためです。契約書は当事者以外に開示されることはまずありません。

そのため買い手が何を引き継いでいるのか詳細は不明です。同じ商号を使い続けていれば、債務を負っている企業を債権者が誤解するケースはあり得ます。

そこで免責登記がされていなければ、買い手企業も債務弁済の責任を負うと会社法で定められています。

4-2-1.屋号の場合も注意が必要

商号が会社における『会社名』に当たるのに対し、屋号は『店舗名』です。屋号を引き続き使う場合も、債務を弁済しなければならないのでしょうか?会社法の第22条1項には、以下のような記載があります。

事業を譲り受けた会社(以下この章において「譲受会社」という。)が譲渡会社の商号を引き続き使用する場合には、その譲受会社も、譲渡会社の事業によって生じた債務を弁済する責任を負う。

出典:会社法 第二十二条|e-Gov法令検索

屋号についての言及はありませんが、取引当事者を特定する上で重要な機能を有していれば、債務の弁済責任を負わなければならない可能性があります。

実際、事業譲渡で屋号を続用した会社に、上記の法律が類推適用された判決事例があります。

5.事業譲渡では手続きは必要か

5.事業譲渡では手続きは必要か

組織再編の場合には、債権者保護手続きの方法が法的に決まっています。事業譲渡で債権者が不利益を被る可能性がある場合、同じように手続きは必要なのでしょうか?

5-1.法律上は必須ではない

事業譲渡では債権者保護手続きのために行う、官報公告や個別催告の実施は義務付けられていません。異議申し立て期間も不要です。

そのため売り手も買い手も、法律上は債権者保護のためにすることは何もありません。債権者が不利益を被る可能性があるケースでも、何もしない選択肢もあります。

5-2.債権者への配慮は欠かせない

ただし法的に手続きが不要なことと、債権者保護をしなくてよいことは別です。例えば事業譲渡価額が安過ぎるケースや、破産宣告前の企業が事業譲渡を行った場合、債権者は一方的にリスクを負う不利な状況に置かれます。

このようなとき、債権者は事業譲渡の効力を否認可能です。しかし事業譲渡について債権者が知らなければ、権利を行使できません。

持っている権利を使えず不利益を被った債権者との間で、紛争が生じる可能性も考えられます。このような事態を回避するため、法的に定められていなくても、債権者の権利を守るために配慮する姿勢が重要です

6.事業譲渡の際に債務を譲渡する場合

6.事業譲渡の際に債務を譲渡する場合

承継する資産や債務を個別に決定する事業譲渡では、債務を譲渡するケースもあればしないケースもあります。譲渡しない場合は特別な手続きは不要ですが、商号を買い手が引き継ぐなら債権者への配慮が必要です。

債務を買い手へ譲渡する場合、発生する手続きはあるのか確認します。

6-1.債権者から承認を得る

必要なのは債権者の『承認』です。事業譲渡で債務を買い手が引き継ぐときも、債権者保護手続きを実施しなくても問題ありません。ただし、債権者からすると債務者がある日突然変わるという一大事です。

もし何も連絡しなければ、債権者は売り手へお金を貸しているつもりが、知らない間に買い手へお金を貸していることになっていた、ということになりかねません。

売り手のままであれば債権を保有していたいけれど、買い手に債務が移るなら弁済の請求をしたいというケースもあるでしょう。買い手の資産状況が不安定で、返済されないリスクが高そうと判断されればなおさらです。

そこで事業譲渡で債務を買い手に承継するときには、債権者から個別に同意を得ます。

6-2.免責的債務引受とは

また『免責的債務引受』で債務を買い手へ譲渡するときにも、債権者の同意が必要です。免責的債務引受を実施すると、売り手は完全に債務から切り離されます

弁済を請求されたとしても、返済する必要がなくなるため、その後の心配が不要です。売り手にとってはよい状況といえますが、債権者には不利になる可能性があります。

例えば買い手の資金力が売り手と比較して低い場合、債権者が返済を要求しても返済されないかもしれません。これでは債権者に不利な状況となってしまいます。

そこであらかじめ売り手・買い手・債権者の三者間で話を進め、債権者から同意を得ることが大切です。

7.事業譲渡における債権引受の手続き

7.事業譲渡における債権引受の手続き

事業譲渡では、売掛金などの債権は自動的に引き継がれないのが原則です。債権を引き継ぐ場合には、『債権譲渡契約』を交わす必要があります。手続きのポイントを見ていきましょう。

7-1.債権譲渡契約の締結

債権譲渡とは、債権の内容を変えずに債権を第三者に移転させることを指します。債権譲渡を行うには、債権を譲渡する側と譲り受ける側で、債権譲渡契約を締結しなければなりません。

事業譲渡契約に債権譲渡の内容を盛り込むケースもあれば、債権譲渡契約書を別途作成するケースもあります。

債権の内容を特定した上で、債権額・弁済期日を記載しましょう。債権額と譲渡額は一致させる必要はなく、両者の話し合いにより自由に決められます。

契約の締結後、債権を譲り受ける側は『債権譲渡通知書』によって債務者に通知するか、『公正証書』によって承諾を得なければなりません。

7-2.譲渡確定日付の証書も必要

債務者への通知・承諾に際し、公証役場で『確定日付のある証書』を作成します。『確定日付』とは、変更のできない確定した日付のことです

作成した私署証書に公証人が『確定日付印』を押捺するため、その日にその文書が確かに存在していたことを証明できます。

債権の二重譲渡や債権譲渡詐欺を防ぐ目的があり、確定日付のある証書がなければ、債務者以外の第三者に対抗ができない点に留意しましょう。

確定日付の日付は請求当日の年月日で、それ以降の日付を指定することはできません。確定日付の付与請求は、作成者以外の代理人や使者でも問題がないとされています。委任状や印鑑証明書、身分証明書の提示は不要です。

8.原則不要でも契約や状況に応じて手続きする

8.原則不要でも契約や状況に応じて手続きする

事業譲渡を実施するときには、債権者保護手続きは基本的に不要です。ただし債務者が変わらなくても、事業譲渡により債権者が不利益を被るケースはあります。

連絡をせずに実施することで、債権者との間に紛争が起こる可能性もあるでしょう。また債務を買い手が引き継ぐと、債権者にとってはお金を貸す相手が変わる状態です。

この場合、債権者の同意を得ているとスムーズに進みます。免責的債務引受で売り手に債務の弁済を求められなくなるケースでも同様です。法的に決められていなくても、債権者への配慮は欠かせません

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『事業譲渡』については下記もご覧ください。

事業譲渡の目的、主な特徴とは。専門家の知識が欠かせない理由|税理士法人チェスター

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