自社株式の贈与税・相続税の納税が猶予される事業承継税制の特例を徹底解説
事業承継税制は、次のような自社株式の承継にかかる贈与税と相続税が一定の条件のもとで猶予・免除される制度です。
- 中小企業のオーナーが自社株式を後継者に生前贈与したときの贈与税
- 中小企業のオーナーが死亡して後継者が自社株式を相続したときの相続税
事業承継税制は、自社株式の承継にかかる重い税負担を軽減し、中小企業の事業承継を促すための制度です。平成30年の税制改正では、承継した自社株式にあたる税額が全額猶予・免除されるようになったほか、適用の要件も大幅に緩和され、さらに使いやすい制度になりました。
この記事では、相続税専門の税理士法人チェスターが平成30年の税制改正で大きく生まれ変わった事業承継税制の特例について詳しくご紹介します。次世代へ事業のバトンタッチをお考えの中小企業オーナーの方は、この記事を最後までご覧ください。
目次 [閉じる]
- 1 1.贈与税・相続税の基本知識を把握
- 2 2.事業承継税制の概要
- 3 3.平成30年税制改正のポイント
- 4 4.自社株式の贈与税の納税猶予制度
- 5 5.自社株式の相続税の納税猶予制度
- 6 6.事業承継税制の適用は税理士に相談
- 7 7.税制の仕組みを理解して税金への対策を
1.贈与税・相続税の基本知識を把握
財産の贈与や相続では、財産に対して贈与税・相続税がかかります。親族や後継者に財産を残す場合、納税義務者の税負担を考慮した上で、適切な税金対策を行わなければなりません。まずは、贈与税・相続税の基本知識を理解しましょう。
1-1.贈与税の仕組み
贈与税とは、個人から財産を贈与された際に『取得した財産』に課せられる税金です。贈与した者は『贈与者』、贈与を受けた人は『受贈者(じゅぞうしゃ)』と呼ばれ、受贈者は贈与税の納税義務者となります。
贈与税は相続税の補完税で、相続税の課税逃れを抑制する目的があります。贈与税は『暦年課税』と『相続時精算課税』の二つの課税制度があり、一定の要件を満たした場合にのみ相続時精算課税が選択できる仕組みです。
オーナー企業では、自社株式を子どもや娘婿などに無償で譲渡する『株贈与』が行われる場合があります。株式贈与による事業承継が主な目的で、受贈者は次期経営者のポジションに就くのが通例です。
1-2.相続税の仕組み
被相続人(亡くなった人)の財産を相続すると、取得した財産に対して相続税がかかります。相続税の納税義務者は『相続人(財産を受け取った人)』です。
相続税には基礎控除があり、取得した財産が『3,000万円+600万円×法定相続人の数』を超えなければ、相続税の納税義務は生じません。
相続税が課される財産は、金銭的価値に換算できるすべての財産です。具体的には、土地・建物・有価証券・預貯金・現金などが含まれます。
相続税の申告が必要な場合、相続の開始があったことを知った日の翌日から10カ月目の日までに、相続税の申告・納税を行わなければなりません。
参考:相続税のあらまし|国税庁
1-3.株式を生前贈与する方法
上場会社の株式を生前贈与する場合、証券会社に株式贈与契約書や移管依頼書を提出します。同一銘柄の株式について、特定口座への贈与は1回限りとなる点に注意しましょう。
非上場会社の株式には、譲渡制限が設けられているケースがほとんどです。株主は保有する株式を他者に譲渡する際に、取締役会や株主総会の承認を得なければなりません(譲渡承認請求)。
株式の譲渡が認められた場合、譲渡の実行と株主名簿の書き換えを行います。
2.事業承継税制の概要
事業承継税制は平成25年に創設されてから改正を重ねてきましたが、平成30年の税制改正では10年の期間限定で大幅に拡充されました。
2-1.自社株式に係る贈与税・相続税の納税を猶予して承継できる
平成30年からの10年間は、特例承継計画を提出して特例措置の適用を受けた場合、自社株式の承継にかかる贈与税と相続税の納税が全額猶予されます。
事業承継税制は、特例承継計画の提出を必要とする特例措置の適用を受けた場合、事業を継続して一定の要件を満たすと猶予された贈与税・相続税は免除されるため、事実上、税負担なく自社株式を後継者に承継できます。
ただし、後継者が事業をやめると納税の猶予は打ち切られ、贈与税・相続税の本税と利子税を納税しなければなりません。
2-2.生前贈与と相続の両方で納税猶予が受けられる
事業承継税制では、贈与税の納税猶予制度と相続税の納税猶予制度が一体のものとして整備されています。
事業承継税制で納税の猶予を受けるときは、通常、先代経営者が元気なうちに後継者に自社株式を生前贈与して贈与税の納税猶予を受けます。
その後先代経営者が死亡したときは、生前贈与された自社株式は相続したものとみなされ相続税の課税対象になりますが、一定の要件を満たせば相続税の納税猶予を受けることができます。
2-3.贈与税・相続税を心配せず自社株式の承継が可能に
非上場の中小企業の事業承継では、業績が良いほど会社の自社株式の相続税評価額が高くなり、贈与税や相続税も高くなります。
後継者の手元に納税資金がなければ、十分な数の自社株式を贈与することができず、スムーズな事業承継ができない恐れがありました。相続があった場合は、納税のために財産を換金するか、事業閉鎖に追い込まれることもありました。
事業承継税制は、自社株式を承継したときの贈与税・相続税の納税を猶予・免除することで、中小企業の事業承継を促す狙いがあります。企業オーナーは、贈与税・相続税の心配をすることなく次の世代に経営をバトンタッチできます。
参考:事業承継税制とは何か。活用できる人や納税猶予を受けるまでの流れ
3.平成30年税制改正のポイント
平成30年の税制改正では、事業承継税制に10年の期限がついた特例が新設されました。承継した自社株式にかかる税額が全額猶予・免除されるようになったほか、適用の要件も大幅に緩和されました。
また、納税の猶予を受けた後で自社株式を譲渡などした場合は納税の猶予が打ち切られますが、業績悪化による場合は新たに救済措置が設けられました。
この章では、事業承継税制の平成30年税制改正のポイントをご紹介します。
【事業承継税制の平成30年税制改正のポイント】
No. | 内容 | 現行 | 特例 (平成30年1月1日から10年間) |
---|---|---|---|
1 | 猶予の対象となる株式数 | 発行済議決権株式総数の2/3に達するまでの株式 | 承継したすべての株式 |
猶予の対象となる税額 | 贈与税:承継した株式にあたる税額の全額 相続税:承継した株式にあたる税額の80% | 贈与税・相続税とも承継した株式にあたる税額の全額 | |
2 | 先代経営者と後継者の関係 | 先代経営者1名から後継者1名への承継の場合のみ対象 (※先代経営者以外からの承継も対象に) | 先代経営者以外からの承継、 複数の後継者への承継も対象 |
3 | 相続時精算課税制度の適用 | 贈与者の直系卑属のみ適用できる | 贈与者の推定相続人以外の特例 後継者も適用できる |
4 | 雇用確保要件 | 5年平均で雇用の80%以上を確保 | 雇用が確保できなくても都道府県に理由書を提出すればよい |
5 | 業績の悪化で自社株式を 譲渡するときの納税額の免除 | – | 業績悪化による自社株式の譲渡等は納税を一部免除 |
6 | 特例承継計画の提出 | – | 都道府県に特例承継計画を提出 (令和8年3月31日まで) |
3-1.贈与税・相続税が全額猶予に
平成30年からの10年間に行われる自社株式の承継について、特例措置の適用を受けた場合、贈与税・相続税が全額猶予されます。
これまでの制度では、納税猶予の対象になる株式数と税額は一部にとどまっていました(上表参照)。改正後は、贈与税・相続税ともに、承継したすべての株式について税額が全額猶予の対象になります。
3-2.3人の後継者にも適用できることに
先代経営者以外からの承継や複数の後継者への承継も納税猶予の対象になります。
複数の株主から1人の後継者に自社株式を集約したい場合や、後継者を1人に絞り切れない場合でも事業承継税制が活用できます。ここは非常に重要な改正ポイントで、株を渡す側と受け取る側の双方にとって、より柔軟な形になりました。