事業承継税制とは何か。活用できる人や納税猶予を受けるまでの流れ
事業承継税制とは、後継者が事業を引き継ぐときにかかる税金負担を猶予する制度です。ただし手続きが複雑かつ期限が決まっており、難しい部分もあります。あらかじめ手続きの流れを知っておくとスムーズでしょう。
事業承継税制は『個人版事業承継税制』と『法人版事業承継税制』の二つに分類できます。ここでは、法人版事業承継税制を中心に解説します。
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1.事業承継税制とはどんな制度?
企業が直面している後継者問題の打開策として作られたのが『事業承継税制』です。制度について詳しく見ていくためにも、まずは事業承継税制についての基本を確認します。
1-1.制度設立の背景
中小企業の事業承継は、後継者への株式の贈与・相続によって行われます。しかし経営者が持っている株式の所有権を後継者へ移す際には、多額の税金がかかります。
税を負担できず、スムーズな事業承継を進められない企業もあるでしょう。そのような事態の打開策として用意されたのが、事業承継税制です。
『中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律』に基づき、2009年4月に施行された『非上場株式等についての贈与税の納税猶予の特例』と『非上場株式等についての相続税の納税猶予の特例』を合わせ、事業承継税制と呼ばれています。
地域の中小企業がスムーズに事業承継することで、雇用の創出や経済の活性化につながることも期待されている制度です。
1-2.後継者問題の解消を促す
経営者の年齢が高くても、後継者が決まっていない企業は全国に多々あります。2023年版中小企業白書によると、『後継者がいない、または未定』と答えた経営者の割合は、50代で38.1%、60代で24.6%、70代以上で12.9%です。
一つの要因として、事業承継時に発生する多額の税金が挙げられます。後継者が贈与税や相続税を納める資金を用意できなければ、承継する意思があっても引き継げないでしょう。
事業承継税制を活用すれば、後継者は税金の負担を理由に事業承継を諦めずに済みます。後継者問題の解決にもつながる制度です。
参考: 2023年版「中小企業白書」第2部 第2章 第2‐2‐7図|中小企業庁
2.事業承継税制活用のメリット
事業承継税制を活用する最大のメリットは『納税猶予』です。さらに『相続時精算課税制度』との併用も魅力といえます。『相続時精算課税制度』との併用は、要件を満たし免除されている間も、要件を満たせなくなったときにも活用するメリットがあります。
2-1.相続税や贈与税の納税が猶予される
制度を利用し要件を満たした後継者が事業承継すると、相続税や贈与税の納税猶予を受けられます。さらに要件を満たしながら経営を続ければ、納税が猶予され続ける仕組みです。
猶予期間が続くと、最終的には免除も受けられます。事業承継によって世代交代すると、経営が安定するまで時間がかかる場合もあるでしょう。不安定な状態で多額の税金を納めると、負担が大きく事業の継続が難しくなるケースもあります。
支払いを遅らせることにより、納税による資金繰りの悪化を避けられ、経営体制を安定させやすくなるはずです。
2-2.相続時精算課税制度と併用できる
『相続時精算課税制度』とともに使えるのも、ポイントといえます。法人版事業承継税制・個人版事業承継税制ともに利用可能です。
相続時精算課税制度とは、原則「60歳以上の両親(もしくは祖父母)」から「18歳以上の子供(もしくは孫)」に対して、生前贈与をした際に選択できる贈与税の制度です。
(贈与が令和4年3月31日以前の場合は、贈与を受ける子供や孫は「20歳以上」となります。)
相続時精算課税制度を選択すれば最大2,500万円の特別控除を適用することができ、2,500万円を超過した贈与財産については贈与税の税率が一律20%となります。
ただし、相続時精算課税制度を選択して贈与した財産については、贈与者の相続発生時(死亡時)の相続財産に持ち戻して、相続税額の計算を行います。
事業承継税制と併用できることの利点は、高額な贈与税の課税を避けられることです。事業承継税制の要件を満たせているうちは問題ありませんが、要件を満たせなくなると認定が取り消され、猶予期間が終了してしまいます。
このとき基礎控除額110万円の暦年贈与と比べ、2,500万円を控除できる相続時精算課税制度の方が、税額を低く抑えやすい点がメリットです。
2024年1月からは、2,500万円の特別控除に加え、年間110万円の基礎控除が設けられます。贈与額が年間110万円以下であれば、贈与税がかからない上、相続発生時に基礎控除分を相続財産に加算する必要がありません。
これまでは少額の贈与でも贈与税の申告が必要でしたが、改正後は年間110万円以下の贈与について、贈与税の申告が不要となります。
参考:相続時精算課税制度とは|必要書類や手続きを分かりやすく解説
3.相続税や贈与税を実質ゼロにできる
多額の贈与税や相続税は、事業承継税制の活用により実質0円にできます。税金の猶予を受け続けることで、最終的に免除してもらえるためです。具体的にどのようなタイミングで免除されるのか解説します。
3-1.納税猶予と納税免除の違い
『納税猶予』と『納税免除』は言葉が似ており、混同している人もいるかもしれません。まずは違いを確認しましょう。
- 納税猶予:税金の支払いを遅らせて余裕を与えること、時期が来たら支払いが必要
- 納税免除:税金の支払いをしなくても済むこと、税金が0円になるため支払いは不要
最終的に支払う必要があるのか否かが相違点です。
3-2.納税免除となるタイミング
事業承継税制は納税猶予を受け続けていると、いずれ納税免除になります。贈与税が免除されるタイミングは下記のとおりです。
- 先代経営者の死亡時
- 後継者の死亡時
- 後継者が次の代へ事業承継税制を使い事業承継したとき
相続税の免除が行われるタイミングも確認しましょう。
- 事業承継された相続人の死亡時
- 事業承継された相続人が次の代へ事業承継税制を使い事業承継したとき
次の代へと企業のバトンが渡されることで、税金が免除される仕組みになっています。加えて特例措置により免除されるケースもあります。
例えば後継者がやむを得ず会社の代表権を手放し、次の代の後継者へと贈与して、次の後継者が納税猶予を受ける場合は納税免除です。
4.事業承継税制の種類
事業承継税制は『個人版事業承継税制』と『法人版事業承継税制』の二つに分類できます。それぞれの特徴を見ていきましょう。
4-1.個人版事業承継税制
個人版事業承継税制は2019年度の税制改正で創設されたものです。個人版事業承継税制ができたことで、個人事業主の事業承継にも活用しやすくなりました。
事業者の後継者として都道府県知事による経営承継円滑化法の認定を受け、個人事業主の事業用資産を引き継ぐと、贈与税や相続税が猶予されます。そして後継者の死亡といった理由により、税金が免除される仕組みです。
法人版と比較し手続きがシンプルに設計されているため、個人でも利用しやすいでしょう。
4-2.法人版事業承継税制
一方、法人版事業承継税制は、2009年4月に施行された制度です。2018年に行われた税制改正により設けられた特例措置では、贈与税と相続税の負担がなくなりました。全ての株式が猶予の対象となったためです。
従来の一般措置では、対象になる株式数と猶予される税額の割合が決まっており、利用しても納税が必要な仕組みでした。特例措置は事業承継を後押しするために、これまでの縛りを撤廃する制度となっています。
ただし特例措置の適用期限は2027年12月31日までです。利用を検討しているなら、早めに動き出さなければいけません。
5.猶予された税金が課税されるケース
税金が猶予されるのは、要件を満たしている間です。そのため要件を満たせなくなると、猶予期間が終了し税金を支払わなければいけません。また継続届出書の提出を忘れたときにも課税されます。
5-1.要件を満たさなくなった場合
事業承継税制を利用するには、複数の要件を全て満たしていなければいけません。下記のうちどれか一つでも当てはまり要件を満たせなくなると、猶予されていた税金を一括納付する必要があります。
- 事業承継の後5年以内に後継者が代表者ではなくなった場合
- 後継者が保有している自社株を譲渡し手放した場合
- 事業承継した会社が資産管理会社に該当した場合
- 会社が解散した場合
- 会社の年間収入が0円になった場合
税金を一括納付する際には、同時に利子税の支払いも発生します。
制度を利用した納税免除を目指していると、このような事態は失敗のように感じられるかもしれません。しかし税金額は本来納めるべき金額のままです。納税の時期を先送りできただけでも、資金繰りに余裕が生まれるでしょう。
5-2.継続届出書を出し忘れた場合
制度を利用し始めると『継続届出書』を提出しなければいけません。提出を忘れたときも納税猶予は終了し、税金を納めなければなりません。
継続届出書の提出は、『(特例)経営(贈与)承継期間』である最初の5年間は毎年、その後は3年おきのペースです。届出書を提出する際の必要書類は毎回ほぼ変わりません。
用意する手間がかかり続けるものの、制度を利用し続けるのであれば確実に提出しましょう。
6.事業承継税制の主な要件
法人版事業承継税制は全ての企業が使えるわけではありません。事業承継税制を使うためには、次の「会社の要件」、「先代経営者の要件」及び「後継者の要件」を満たしていることにつき、都道府県知事の経営承継円滑化法の認定を受ける必要があります。
6-1.非上場企業など会社の要件がある
事業承継税制を利用するなら、次の要件を満たした『中小企業』でなければいけません。
- 非上場企業である
- 医療法人や風俗営業会社ではない
- 常時使用従業員が1名以上いる
- 資産管理会社(資産保有型会社・資産運用型会社)ではない
- 一定の事業年度の総収入金額が0円より多い
- 拒否権付株式(黄金株)を発行しているなら後継者や、先代経営者から贈与・相続・遺贈などで株式を取得した人のみが保有している
- 現物出資等資産の割合は70%未満
6-2.先代経営者、後継者の要件がある
加えて先代経営者と後継者についても要件があります。先代経営者は会社の『代表者』だった人でなければいけません。
贈与や相続の直前には先代経営者と同族関係者で株式の『50%超』を保有しており、『筆頭株主』であることが求められます。贈与の場合は、贈与するときに代表権を後継者へ譲っていることも、満たすべき要件です。
さらに後継者も下記の要件を満たさなければいけません。
- 贈与直後に会社の代表権を持っている
(相続の場合は相続開始の日の翌日から5か月以内に会社の代表権を持っている) - 贈与直後(相続開始時)に同族関係者内で株式の50%超を持っている
- 贈与直後(相続開始時)に筆頭株主である (※後継者が複数人なら2位・3位も可能だが、最低10%は保有する)
- 18歳以上(2022年3月31日以前の贈与では20歳以上)
(相続の場合は年齢制限なし) - 会社の役員に就任してから3年以上たっている
(相続の場合は相続開始の直前に会社の役員である)
要件の内容を総合すると、事業承継の準備を数年単位で進めていかなければいけないことが分かります。
7.事業承継税制活用の流れ
うまく制度を活用すると、本来納めるべき贈与税や相続税を猶予でき、最終的には免除できる可能性もあると分かりました。スムーズに利用できるよう、法人版事業承継税制を使うときの流れを確認しておくと役立つはずです。
7-1.税負担の把握、事業承継の準備
まずは事業承継をするときに、どのくらいの税負担が発生するか確認しましょう。贈与税や相続税の計算は複雑なため、税理士に試算してもらいます。
計算の結果、無理なく税金を負担できると分かれば、無理に事業承継税制を利用する必要はありません。税負担を踏まえた上で、事業承継の準備にもとりかかります。
先代経営者が保有している自社株式を後継者が相続で引き継ぐには、『遺言書』の作成がおすすめです。相続人の話し合いである『遺産分割協議』でも可能ですが、他の相続人が自社株式を引き継ぐ可能性も出てきます。
7-2.特例承継計画の作成
2018年の税制改正で設けられた特例措置を受けるには、『特例承継計画』を作成し、都道府県知事に提出しましょう。特例措置の適用期限は限られています。2026年3月末までに提出の上、確認してもらわなければいけません。
特例承継計画には下記の内容を記載します。A4用紙3枚程度にまとめておけば問題ありません。
- 会社名
- 先代経営者の氏名
- 後継者の氏名(最大3名)
- 事業内容
- 承継時までの経営の見直し
- 5年間の承継実施内容
- 認定支援機関等の所見
7-3.株式の贈与、相続
事業承継における経営権の移行は、株式の贈与や相続により行われます。一括で先代経営者の持っている株式を100%贈与すれば、全ての株式に対して納税猶予や免除が可能です。
実際には先代経営者が株式の全てを後継者に承継するのではなく、ある程度の株数を保有しておくケースもあります。後継者へ2/3以上一括贈与していれば、先代経営者が株式を持っていても構いません。
贈与するときには、贈った・贈られたという事実を客観的に示せるよう、贈与契約書を作成しましょう。2通作成し先代経営者と後継者とで1通ずつ保有します。
7-4.認定申請、税務署への申告
ここまで準備ができたら、最後に『都道府県知事の認定』を受けましょう。発行してもらった認定書の写しを受け取ったら、税務署に贈与税や相続税の『申告書』を提出します。
贈与税の納税猶予を受けるなら、贈与を受けた翌年の3月15日までに、相続税の納税猶予を受けるなら、相続発生の翌日から10か月以内に、申告書と添付書類を提出しましょう。税額+利子税額に見合う担保の提供も必要です。
事業承継税制と相続時精算課税制度を併用するなら、相続時精算課税制度の利用について申告書に記載が必要です。全ての手続きが完了したら、事業承継税制を活用し納税猶予や納税免除を受けられます。
8.事業承継税制以外の支援・制度について
税金の問題以外にも、中小企業の事業承継にはさまざまな課題があります。事業承継を妨げる課題を解決するため、国は経営承継円滑化法に基づいた支援・制度を打ち出しました。
8-1.遺留分に関する民法特例
遺留分とは、一定の相続人に法律上保障されている最低限度の財産です。
後継者に自社株や事業用資産を承継する場合、遺留分を主張する相続人が出てきて、事業承継が滞る恐れがあります。遺留分によって会社が倒産に追い込まれる可能性も、ゼロではありません。
自社の株式や事業用資産が複数の遺留分権利者に散逸しないようにするため、経営承継円滑化法では『遺留分に関する民法の特例』を定めています。
推定相続人全員の合意がある場合に限り、先代経営者から後継者に贈与される自社株式・事業用資産の価額には以下が適用されます。
- 遺留分算定基礎財産の価額から除外(除外合意)
- 遺留分算定基礎財産の価額に算入する価額を合意時の時価に固定(固定合意)
参考:事業承継を円滑に行うための遺留分に関する民法の特例|中小企業庁
8-2.所在不明株主に関する会社法の特例
経営権を後継者に移行させるには、自社の株式を後継者に集約させる必要があります。所在不明の株主がいる場合、株式の買い取りなどができず、スムーズな事業承継が妨げられてしまいます。
中小企業の事業承継を円滑化するため、経営承継円滑化法に『所在不明株主に関する会社法の特例』が新設されました。
都道府県知事の法認定を受けた中小企業者は、所在不明株主からの株式買い取り手続きに必要な期間を5年から1年に短縮できます。
なお、法認定を受けるには『経営困難要件』と『円滑承継困難要件』の二つの要件を満たさなければなりません。
参考:中小企業の事業承継促進のため、所在不明株主に関する会社法の特例が新設されました | 東北経済産業局
8-3.金融支援
後継者が事業を承継する場合、株式や事業用資産を買い取るためのまとまった資金が必要です。後継者を金融面からバックアップするため、経営承継円滑化法では、以下のような支援策を用意しています。
- 融資:日本政策金融公庫または沖縄振興開発金融公庫の融資制度を利用できる
- 信用保証:信用保証協会の保証枠について、通常の保証枠とは別枠を用意
通常の保証枠は普通保険が2億円ですが、別枠は+2億円です。無担保保険(通常8,000万円)も、+8,000万円となっています。
なお、融資や信用保証を受けるには、都道府県知事の認定を受ける必要があります。
9.猶予と免除の条件や期限に注意して活用を
事業承継税制は後継者が会社を引き継ぐ際の税負担を抑える制度です。贈与税や相続税の納税を猶予し、最終的に免除を受けられる可能性もあります。
ただし、利用するためには、「会社」・「先代経営者」、及び「後継者」が要件を満たしていなければいけません。手続きの期限もあるため、早めに行動し準備を進めましょう。
制度を利用するには、まずどのくらいの税負担が発生するか確認が必要です。正確に把握するには『税理士法人チェスター』に試算を依頼するとよいでしょう。
事業承継・M&Aを検討の企業オーナー様は
事業承継やM&Aを検討されている場合は事業承継専門のプロの税理士にご相談されることをお勧め致します。
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