M&Aにおける偶発債務のリスクとは。売り手、買い手の対策を解説
M&Aでは偶発債務への注意が欠かせません。十分に気を付けた上で取引を行わなければ、予期せぬトラブルが発生する可能性もあります。偶発債務の特徴や問題について知り、売り手・買い手がそれぞれどのように対策すべきか見ていきましょう。
目次 [閉じる]
1.偶発債務の意味と性質
偶発債務の問題や対策を理解するために、まずは偶発債務について解説します。似た印象の『簿外債務』との違いや、偶発債務を帳簿に計上するタイミングを確認しましょう。
1-1.偶発債務とは
企業の決算日に、ある条件がそろえば債務が発生するけれど、条件がそろわなければ債務にならない事象があれば、それが『偶発債務』です。
決算日の時点で条件がそろうかどうかはっきりしなければ、帳簿には計上できません。しかし条件がそろえば帳簿に記載され、事業を進める上での負担になる可能性があります。
M&Aを実施する時点では偶発債務だったものが、契約後に条件がそろい確定債務となるケースも起こり得ることです。
1-1-2.簿外債務とは何が違うのか
簿外債務とは、帳簿に計上されず、貸借対照表に記載されていない債務のことを言います。そのため帳簿に記載されない偶発債務は、簿外債務の一種です。
ほかにも簿外債務には『退職給付引当金』『貸倒引当金』『債務保証損失引当金』などがあります。本来であれば引当金として計上しておくべきものが計上されておらず、簿外債務となっている場合もあります。
1-2.貸借対照表に計上せず、注記される
貸借対照表に記載されない偶発債務は、そのままでは存在がはっきりしません。そこで内容や金額を『注記』します。
貸借対照表は企業の財務状況を、投資家や債権者といった利害関係者へ正しく伝えるための書類です。そのため決算日の時点で、発生の有無も金額もはっきりしない偶発債務を記載するわけにはいきません。
ただし将来的には影響を及ぼすかもしれない事象を、ないものとして扱うのも不適当です。そこで発生が確定していない段階では、注記として利害関係者へ知らせます。
1-2-1.引当金として計上するタイミング
注記した偶発債務の発生が確定すると『引当金』として計上します。引当金は将来発生する費用や損失に備えて準備しておく金額のことです。計上するには四つの条件を満たす必要があります。
- 将来の特定の費用か損失であること
- 当期以前の出来事によって発生したものであること
- 発生する可能性が高いこと
- 金額が合理的であること
発生する可能性がほぼ確実になり、金額の見積もりができるくらい具体的になったときは、引当金として計上する決まりです。
2.主な偶発債務の内容
偶発債務の中でもM&Aを実施するときに注目すべき代表的なものが『未払い残業代』と『債務保証』です。M&Aを考えているなら、どちらの偶発債務についても入念な調査が欠かせません。
2-1.未払い残業代
残業代は規定通りに計算し、従業員へ支払わなければ『未払い残業代』となり、偶発債務として扱われます。経営者側は手当やボーナスで相当する十分な金額を支払っているため、問題ないという認識かもしれません。
しかし手当やボーナスとしての支給では、残業代とはみなされないのが一般的です。労働関係法においても、その理屈は通じません。そのため従業員に未払い残業代を請求されたら、支払いが発生します。
訴えを起こされ従業員側に十分な証拠がそろっていれば、敗訴という結果になる可能性が高いでしょう。未払い残業代と同時に損害賠償金の支払いも求められる事態です。
2-2.債務の保証をしている
『債務保証』も偶発債務の一種です。債務者が順調に返済している間は、なんら問題ありません。そのまま完済すれば、保証している債務を引き受けずに済みます。
問題は債務者が返済しきれなくなったときです。急激な財務状況の悪化といった状況で、これまで通りの返済が続けられなくなると、代わりに債務を返済しなければいけません。
もちろん肩代わりした債務を債務者に請求もできますが、返済不可能な状況に陥った債務者に請求しても回収できないのが一般的です。
3.M&Aにおける偶発債務の問題
M&Aを実施するときには、特に偶発債務に注意が必要です。買い手は偶発債務を引き継ぎたくないと考えていても『株式譲渡』では引き継いでしまいます。『事業譲渡』では契約上は引き継ぎませんが、実質的には引き継いでしまう場合もあるでしょう。
3-1.株式譲渡で偶発債務を引き継いでしまう
売り手の会社を丸ごと譲り受けるM&A手法が株式譲渡です。変わるのは会社の持ち主だけで、事業・組織・資産・負債・従業員などは、全てそのままの状態で受け取ります。
そのため売り手に偶発債務があれば、それも自動的に引き継ぐ取引です。例えば売り手が現在紛争中で、状況によっては損害賠償債務が発生するようであれば、その偶発債務も引き受けなければいけません。
帳簿に記載されておらず、簿外債務になっている可能性もあるでしょう。存在を知らなかったとしても、発生が確定すれば買い手が支払う必要のある債務です。
契約を交わす前に、詳細な調査であるデューデリジェンスを実施し、偶発債務の有無を確認しておかなければいけません。
3-2.事業譲渡では完全に引き離せる?
何を引き継ぐか選べる事業譲渡なら、契約上は偶発債務を引き継がずに済みます。そのためM&Aを実施した時点で知りようがない偶発債務の引き継ぎを避けられるでしょう。
しかし契約上引き継いでいなくても安心はできません。例えば従業員に未払い残業代を請求された場合、払わざるを得ない場合もあるからです。
契約にのっとって未払い残業代を支払わない選択肢もありますが、それでは従業員から反発されてしまうでしょう。事業に必要な従業員が退職してしまう恐れもあります。
そのような事態を回避するため、未払い残業代を支払わなければいけないかもしれません。偶発債務を負わないように事業譲渡を選んでも、実質的に引き継ぐケースがある点に注意が必要です。
4.買い手は偶発債務をどのように調査するのか
あるかどうか分からない偶発債務への対策をしなければいけないとき、買い手は『デューデリジェンス』を実施します。しかしそれだけでは対策しきれないこともあるでしょう。
そこで役立つのが『表明保証条項』です。買い手が契約前に実施すべき対策について、詳細を解説します。
4-1.財務、法務などのデューデリジェンスを実施
『デューデリジェンス』とは、M&Aの契約前に買い手が実施する調査です。偶発債務の有無について調べる場合には、財務デューデリジェンスを実施します。
財務諸表をもとに、財政・損益・資本などの状況を調べ上げるのが一般的です。ただし偶発債務の調査では、財務諸表にないものを探さなければなりません。
そこで実施するのが、売り手の事業の流れから計上されるべき負債をイメージすることです。イメージした負債が計上されているか調べることで、偶発債務を見つけやすくなります。
4-2.調査にも限界がある
どれだけ詳しく調査したとしても、M&A実施時点では偶発債務を洗い出せない可能性もあるでしょう。そこで併用すると良いのが、『表明保証条項』の設定です。
万が一、デューデリジェンスで見つけられなかった偶発債務が契約後に発覚しても、契約書内に表明保証条項を設けておけば備えられます。正しく記載していれば、損害賠償請求も可能です。
4-2-1.表明保証条項とは
表明保証条項では、開示した情報が全て真実だということを表明します。買い手がリスクを抑えるには、できる限り多くの条項を挙げると良いでしょう。
偶発債務に備えるには『開示していない偶発債務は存在しない』という内容を盛り込みます。併せて偶発債務が発覚した場合にどのように対応するかも、分かりやすく記載しましょう。
表明保証違反による損害賠償請求を規定してもいいですし、契約の解除を求める内容にもできます。
5.売り手側の偶発債務の取り扱い
偶発債務があると分かっているなら、売り手はできるだけ早い段階で買い手へ説明しましょう。条件交渉で不利になるからと隠していると、明るみに出たときに信用を失いますし、損害賠償を求められる可能性もあります。
5-1.買い手候補に説明する
あらかじめ偶発債務の存在が分かっているなら、具体的に交渉する前に説明するのがおすすめです。訴訟の結果によっては「損害賠償請求を求められるかもしれない」「未払い残業代があり請求されるかもしれない」と伝えます。
買い手にとって偶発債務の有無は、M&Aの契約締結を決定するための重要な事項です。財務諸表への注記と同時に説明し了解を得られれば、トラブルを避けられるでしょう。
また説明するときには明確に伝えることも心掛けます。偶発債務が発生する可能性や債務の金額が、実際よりも低く感じるような伝え方では、誤解を招きかねません。
5-2.隠ぺいした場合はどうなるのか
偶発債務があると条件交渉には不利に働きやすくなります。だからといって隠ぺいしてはいけません。わざと隠したとなると、信頼関係が崩れてしまいます。
M&Aの最初の段階ではうまく隠し通せたとしても、買い手が行うデューデリジェンスで明らかになるかもしれません。この時点で発覚すれば、その後の交渉が難航し、成約に至らないことも考えられます。
仮に隠し通して成約したとしても、表明保証条項や補償条項が契約書に盛り込まれていると、損害賠償を請求される可能性もあるでしょう。交渉中も成約後もリスクが大きいため、自ら正しく伝えるのが得策です。
6.偶発債務と表明保証の内容に注意しよう
偶発債務は決算日の時点で発生するかどうかがはっきりしない債務です。例えば未払い残業代や債務保証があります。
M&Aを実施するときには、売り手も買い手も偶発債務の扱いに注意しなければいけません。売り手は買い手へ偶発債務があることを正しく伝える必要があります。買い手は偶発債務の有無について入念な調査が必要でしょう。
調査のみで全てのリスクを取り除くのは難しいため、契約書に表明保証条項を設けることも大切です。
偶発債務のように見えにくいリスクは、税務上も潜んでいる可能性があります。税務について詳しく調べるには『税理士法人チェスター』へ相談するのがおすすめです。
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