期待収益率は企業価値評価に必要。買い手はM&A実行可否の判断にも
タグ: #M&A期待収益率とは、売り手が行う企業価値評価や買い手がM&Aの実施を判断する際に用いられる数値です。どのような意味合いを持っているのでしょうか?期待収益率の算出には複数の方式があるため、それぞれの計算方法もチェックしましょう。
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1.期待収益率とは何か
利益を期待し資産を運用する場合、あらかじめどの程度の利益を得られるか算出します。このときに用いられる数値の一つが期待収益率です。期待収益率について理解するために、まずは基本的な知識を解説します。
1-1.投資において期待できる利益率
英語で『Expected Rate of Return』と呼ばれる『期待収益率』は、資産の運用で獲得が期待できる利益の平均値を表す数値です。数値がマイナスなら、投資しても利益は期待できず、プラスなら利益を得られる可能性が高いでしょう。
期待収益率は、不確実性が高いほど高い数値になる傾向があります。大きなリターンを得られる可能性のある投資は、損失が出た際により大きく膨らむ可能性もあるからです。
例えば預金や国債は、得られるリターンが最初から決まっています。このとき設定されている利率が期待収益率です。一方、値動きする株式や外貨への投資は、預金や国債と比べて不確実性が高く、期待収益率も高くなる傾向があります。
1-2.株主資本コストは期待収益率と同じ数値
期待収益率は投資する側からの呼び方です。投資に対してどれだけの利益を得られるかという点に注目するため、期待収益率と呼ばれます。
一方、投資される側の企業からすると、期待収益率は『株式資本コスト』と呼びます。企業は投資した株主に対して、配当金を支払わなければいけないためです。
名称は違いますが、立ち場の違いにより見方が異なるだけで、数値は同じものを表します。期待収益率が高い場合、ハイリスクの出資を行った株主に対して企業は見合うだけの配当金を支払う必要があり、株主資本コストも高くなります。
2.期待収益率とWACC
期待収益率は株式資本コストと同じ数値になります。資本コストの計算方法には複数ありますが、その中でも代表的なのがWACCです。WACCの計算方法をチェックしましょう。
2-1.WACCは資本コストの代表的な計算方法
企業が資金を調達する際、株主の出資を募る方法の他に、金融機関から融資を受ける方法もあります。この場合、企業が資金を集めるのに必要な資本コストは、株主資本コストに加えて、融資の際に発生する利息などの『負債コスト』を合わせることで算出が可能です。
株主資本コストと負債コストを合わせて計算できる資本コストが『WACC(ワック)』で、『加重平均資本コスト』とも呼ばれます。
2-2.WACCの計算方法
WACCを計算する際の計算式は『WACC={株主資本÷(株主資本+有利子負債)×株主資本コスト+有利子負債÷(株主資本+有利子負債)×有利子負債コスト×(1−実効税率)}』です。
株主資本コストと負債コストを加重平均して算出します。また最後に記載されている『1−実効税率』は、有利子負債の支払い利息が損金として扱われることを反映したものです。
3.期待収益率は企業価値評価に用いられる
期待収益率はM&Aでも利用されます。必要になるのは、売却額のもとになる企業の価値を算出するための企業価値評価です。企業価値評価にはさまざまな方法があり、DCF法の計算には期待収益率を用います。
3-1.企業価値評価の代表的な手法
会社の価値を算出する企業価値評価は、M&Aの価格を決める上での基準になります。算出する手法はさまざまで、大きく3種類に分類が可能です。
- インカムアプローチ(DCF法・収益還元法など):将来のキャッシュフロー※を現在価値に換算し価値評価する
- マーケットアプローチ(マルチプル法・市場株価法など):上場している類似企業の株価や過去に行われた類似企業の買収事例をもとに類推し価値評価する。
- コストアプローチ(時価純資産法・再調達原価法など):資産額から負債額を差し引いた金額をもとに価値評価する
どの手法を用いるかは企業によって異なります。中小企業の企業価値評価を行う際には、インカムアプローチやコストアプローチを使用するケースが多いでしょう。
※キャッシュフロー:設備や有価証券、企業買収などの『投資活動』、『営業活動』による利益、銀行からの借入や配当金支払いなどの『財務活動』によるお金の流れ
3-2.DCF法で用いる割引率が期待収益率
企業価値評価の手法の中でも、インカムアプローチに分類されるDCF法(ディスカウントキャッシュフロー方式)を用いる場合に期待収益率を使います。DCF法は、将来のキャッシュフローをもとに現在の企業価値を算出する手法です。
キャッシュフローは、同じ金額であれば現在手元にあるものの方が高価値です。既に保有しているキャッシュは、運用によってさらに増やせる可能性があります。一方で将来受け取るキャッシュは、実際に受け取るまで運用できません。
そのため、運用していれば獲得できた可能性のある価値を割り引くことで、キャッシュフローを現在の価値に換算します。この割引に使うのが期待収益率です。
3-3.DCF法で企業価値を算出する手順
M&Aでは、算出した企業価値をベースにして、売り手と買い手で交渉を行います。交渉を始めるときの目安になる価値です。DCF法で企業価値を算出する際には、以下の手順で計算します。
- 期待収益率(WACC)を計算する
- 将来のキャッシュフローを予測する
- 継続価値を求める
- 将来のキャッシュフローと継続価値を期待収益率で現在価値に割り引き、事業価値を算出する
- 非事業資産を時価評価により価値を求め、有利子負債を減算してから事業価値に加える
将来のキャッシュフローを数十年先まで予測し続けることは難しいため、算出に使用する事業計画の期間(一般的に5年程度)以降は、継続価値として試算します。
継続価値は主に、事業計画の最終年から一定の割合(1%程度)で成長し続けると仮定する『永久成長率法』や、みなし税引後営業利益を再投資する形で成長率を求める『バリュードライバー』法で算出します。
参考:企業価値の計算方法と注意点。企業の価値を決める要素とは
4.期待収益率の求め方
期待収益率はWACCと同じ数値のため、WACCを計算しても求められます。また他にも算出方法は3種類あるため、それぞれの計算方法をチェックしましょう。
4-1.ヒストリカルデータ方式
過去の長期間のデータを使えば、将来を予測できるという考えに基づいているのが『ヒストリカルデータ方式』です。実際に過去に起こったことのみを参考にするため、主観性を排除しやすい方式といえます。
ただし、どの時期のデータを用いるかにより、結果が異なる点に注意しましょう。切り取る時期や期間の長さによっては、将来の見通しとして妥当ではない可能性もあります。
4-2.ビルディングブロック方式
投資によって得られる利益は、ベース部分とリスクプレミアムに分解できます。リターンの構成要素ごとの期待収益率を積み上げていくのが、『ビルディングブロック方式』です。
ビルディングブロック方式で期待収益率を計算する場合、ベース部分になるのは無リスク資産の収益率です。例えば預金や国債の利回りが該当します。またリスクプレミアム部分の算出には、ヒストリカルデータ方式を用いるのが一般的です。
4-2-1.リスクプレミアムとは
期待収益率から預金や国債など無リスク資産の収益率を差し引くと、『リスクプレミアム』の算出が可能です。定期預金(無リスク資産)と株式投資(変動リスクのある金利商品)で得られるリターンが同じであれば、よりリスクの小さな定期預金を選ぶ人が多いでしょう。
リスクプレミアムは、どれだけの利回りを加えると投資家がリスクのある金利商品へ投資を行おうと考えるようになるかを表す値です。ハイリスクな投資であるほど、リスクプレミアムも大きくなります。
4-3.シナリオアプローチ方式
『シナリオアプローチ方式』は、将来の経済成長や企業の成長率などを数パターン用意し、それぞれのシナリオごとに期待収益率を算出する方法です。例えば経済のシナリオとして好循環・悪循環・基本の3パターンを設け、期待収益率を計算します。
複数パターンの期待収益率を算出することで、今後起こりそうな状況を踏まえた投資判断をしやすくなるでしょう。シナリオごとの期待収益率を算出する際には、ヒストリカルデータ方式を用いるのが基本です。
5.期待収益率でM&Aの実行可否を判断
M&Aにおいて期待収益率を使う場合、売り手は企業価値評価に用います。一方で買い手はM&Aを実施するかどうか判断するときに、期待収益率を用いるケースがあります。期待収益率とコストを比較し、M&Aの実行可否を判断する方法です。
5-1.M&Aの収益性を判断するのに買い手が利用
期待収益率を算出すると、M&Aで十分な利益が得られそうか判断が可能です。買い手が売り手に支払う買収額や、仲介会社へ支払う報酬などの合計額と期待収益率を比べたとき、どちらが大きくなるでしょうか?
買い手が払うコストより期待収益率が低いなら、M&Aを行っても期待したほどの利益を得られません。大きな損失につながりかねないため、M&Aはやめた方が賢明です。
期待収益率の方がコストより大きくなるなら、かけた費用を回収できる見込みがあり、M&Aに踏み切ってもよいでしょう。
5-2.付加価値も考慮する
企業の価値は将来のキャッシュフローだけではありません。そのため期待収益率とともに、企業の持つその他の付加価値についても考慮しましょう。例えば、シナジー効果やブランド価値・取引先・ノウハウなどが代表的です。
多少期待収益率が低かったとしても、買い手と統合したあとシナジー効果が発揮できれば、計算以上の収益が出る可能性があります。
またコンタクトを取るのが難しい企業との取引を希望している場合、買収によって取引先との関係ができることは、買い手にとって大きなメリットといえるでしょう。
期待収益率だけで買収の可否を判断するのではなく、その他の価値と合計し、買収すべきか判断するとよいでしょう。
6.M&Aにおける期待収益率の活用法は2種類
M&Aで期待収益率を活用する方法は、売り手か買い手かで異なります。売り手であれば企業価値評価に使用します。将来のキャッシュフローを考慮し企業価値を算出するインカムアプローチのうち、DCF法において割引率として使うのが期待収益率です。
買い手であれば、M&Aの実施の可否を判断するのに使用可能です。M&Aにかかるコストより期待収益率が低ければ費用の回収が難しく、高ければ費用を十分に回収できそうだと判断できます。
期待収益率は、売り手にとっても買い手にとっても役立つ数値といえるでしょう。またM&Aを実施する際には、税務リスクの明確化や税金を考慮したスキームの選択が必要です。
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