生きているうちに所有している不動産を子供や孫に贈与したいのであれば、相続時精算課税制度を利用する方法があります。相続時精算課税制度を利用すると、贈与した財産が相続税の課税対象となる代わりに、高額な贈与税を負担せずに済む可能性があります。
ただし不動産を生前に贈与するときは、メリットやデメリットを理解したうえで判断をしなければ、かえって損をするかもしれません。
本記事では、相続時精算課税制度を利用して収益物件を贈与する方法や注意点などを分かりやすく解説します。
目次
収益物件を生前贈与するメリット
収益物件の生前贈与には、どのようなメリットがあるのでしょうか。まずは、賃貸マンションや賃貸アパートを生前贈与するメリットをみていきましょう。
渡したい相手を決められる
収益物件を相続する場合、遺言書を作成して渡す人を指定することはできますが、必ずその通りに引き継がれるとは限りません。例えば「遺言書がルールに沿って作成されておらず無効になった」「相続が発生したあとに、作成した遺言書が誰にも発見されなかった」などのケースでは、遺言書に記載した通りに不動産が相続されない可能性があります。
生前贈与であれば、オーナーが生きているうちに贈与したい相手に収益物件を渡せます。どうしても引き継ぎたい人がいるのであれば、生前贈与を検討すると良いでしょう。
家賃収入による資産の増加を防げる
賃貸アパートや賃貸マンションから家賃収入を得ることで、相続財産が膨れあがっていき贈与税の負担が重くなる可能性があります。収益物件を子供や孫などに生前贈与すると、家賃収入は贈与された人のものとなるため、相続財産が膨れ上がる心配はなくなるでしょう。
また、贈与してもらった子供や孫は、不動産から得られる家賃収入を生活費や教育費などの支出に充てることができ、生活が楽になる可能性があります。
不動産を贈与すると相続したときと同じルールで価値が評価される
1月1日から12月31日のあいだで贈与された財産は、贈与税の課税対象です。贈与税を計算するときは、贈与された財産の価値が相続税の計算時と同じ方法で評価されます。
具体的にいうと、土地部分は時価の8割程度である「路線価」、建物部分は時価の7割程度である「固定資産税評価額」を用いて評価されます。現金や金融資産などそのままの価値で評価される財産を贈与するよりも、不動産を贈与したほうが税負担を抑えられる可能性があるのです。
また賃貸アパートや賃貸マンションなどを贈与する場合、土地と建物の相続税評価額を計算する際にさらなる割引が適用されます。
不動産を生前贈与するなら相続時精算課税制度も選択肢
相続時精算課税制度とは、贈与した財産を贈与税の課税対象とせずに、相続が発生したときに相続税で精算をする制度です。60歳以上の両親や祖父母から、20歳以上の子供や孫へ財産が贈与されたときに選択できます。
1年間で贈与された財産の額が、合計で110万円を超えると贈与税が課せられます。贈与税の最高税率は55%であり、収益物件をそのまま贈与すると高額な税負担が生じるかもしれません。
相続時精算課税制度には、2,500万円の非課税枠があります。贈与された財産が合計で2,500万円を超えると、一律で20%の贈与税が課せられますが、相続税の計算時に支払った贈与税額が控除されます。
遺産の総額が「3,000万円+600万円×法定相続人の数」で計算される基礎控除額以内であれば、相続税はかかりません。相続時精算課税制度を利用して収益物件を贈与することで、高額な贈与税の負担を回避できる可能性があります。
相続時精算課税制度を使って贈与したときの税金
例えば、土地と建物の評価額が合計で2,000万円の不動産を、父親から20歳以上の子供へ贈与するとしましょう。そのまま贈与すると585.5万円の贈与税がかかりますが、相続時精算課税制度を利用すると非課税で贈与できます。そして相続時に、収益物件の評価額2,000万円と他の遺産の課税価格を足し合わせた額が相続税の課税対象となる仕組みです。
法定相続人の数が4人である場合、相続税の基礎控除額は3,000万円+600万円×4人=5,400万円です。他の遺産の評価額が、基礎控除額5,400万円から収益物件の評価額2,000万円を差し引いた3,400万円以内であると相続税はかかりません。
贈与したときの価値で相続税が計算される
相続時精算課税制度を使って贈与した財産は、相続税の計算時に贈与したときの価値で評価されます。例えば、評価額が2,000万円の収益物件を贈与した場合、相続が発生したときに不動産の価値が3,000万円に上がっていたとしても、相続税を計算するときは2,000万円と評価されます。
価格の上昇が見込めるエリアに不動産を持っているのであれば、相続時精算課税制度を利用して生前贈与をすることで、相続税を節税できる可能性があります。
また、相続時精算課税制度を使って贈与したとしても、収益物件から得られる家賃は、贈与された子供や孫のものとなり相続税の課税対象になりません。安定した家賃収入が期待できる物件を贈与することで、子供や孫の生活を経済的に支えられるでしょう。
相続時精算課税制度で収益物件を贈与するときの注意点
相続時精算課税制度で収益物件を贈与するときは、以下の3点に注意が必要です。
● 相続よりも金銭的な負担が増える可能性がある
● 相続時精算課税制度を選択すると暦年贈与に戻せない
● 相続発生時に不動産の価値が下がっていると損をする可能性も
相続よりも金銭的な負担が増える可能性がある
収益物件を生前贈与したときと、亡くなったあとに相続で引き継ぐのとではコストが異なります。
まず、不動産を生前贈与すると「小規模宅地等の特例」を適用できません。小規模宅地等の特例とは、亡くなった人が利用していた土地を相続したときに、所定の要件を満たすと土地部分の相続税評価額が50%または80%減額できる制度です。
相続時精算課税制度で贈与された不動産は、相続税の計算対象には含まれますが、小規模宅地等の特例を適用できないため、通常の相続よりも税負担が重くなりやすいのです。
また、不動産を贈与された人は「不動産取得税」や「登録免許税」の支払いが発生します。不動産取得税は、不動産を取得したときに支払う税金ですが、相続によって取得したときは課税されません。
登録免許税は、不動産に関する登記をするときに負担する税金です。贈与や相続などで不動産の所有権が移転したときは、所有権移転登記をしなければなりません。不動産を贈与で取得したときにかかる登録免許税額は、相続で取得したときの5倍です。
相続時精算課税制度を選択すると暦年贈与に戻せない
暦年贈与は、1月1日〜12月31日のあいだに贈与税の基礎控除額である110万円以内の贈与をすることです。相続時精算課税制度を一度選択すると自動で永久に継続されるため、暦年贈与に戻せなくなってしまいます。
例えば、相続時精算課税制度を利用して2,000万円の財産を贈与した翌年に、同じ人物に対して100万円の財産を贈与するとしましょう。相続時精算課税制度が自動で適用されるため、財産の評価額100万円が相続税の課税対象となり、残りの非課税枠は500万円から400万円となります。
相続時精算課税制度は、選択したあとに取り消しをすることができないため、利用するかどうかは慎重に判断しまましょう。
相続発生時に不動産の価値が下がっていると損をする可能性も
相続時精算課税制度を利用して贈与された財産は、相続税の計算をするときに贈与時の価値で評価されるため、相続時に不動産の価値が下がっていると損をするかもしれません。
例えば、評価額2,000万円の不動産を相続時精算課税制度で贈与した場合、相続時に価値が1,500万円に下がっていたとしても、相続税を計算するときは2,000万円と評価されます。贈与時よりも相続時の評価額が高くなっていると、不動産をそのまま相続したときより多額の相続税がかかってしまう可能性があります。
将来的な価値の上昇が見込めないのであれば、不動産を贈与せずに相続するほうが良いでしょう。空室が目立ち安定した家賃収入を得られない状態であるなら、赤字が貴重な財産を食いつぶす前に不動産を売却することが大切です。
収益物件はできる限り相続をするのがおすすめ
小規模宅地等の特例が使えず、不動産取得税をはじめとしたコストがかかる点も踏まえると、よほど価値上昇が見込める物件でなければ、贈与せずに相続したほうが良いといえるでしょう。
総務省によると、2019年は東京都や沖縄県など7都県で人口が増加した一方、残りの自治体はすべて人口が減少しています。また26道県が、2018年よりも人口減少率が拡大している状況であり、地方都市の人口減少が進んでいます。※出典:総務省「人口推計 2019年(令和元年)10月1日現在」
不動産は、基本的に経年劣化によって建物部分の価値が下がっていきます。人口減少が続くエリアにある不動産は、賃貸需要が低下してさらに価値が下がりやすくなります。
不動産の価値が将来どうなるかは誰にも分かりませんが、価値が上昇すると確信が持てないのであれば収益物件は相続するほうが良いでしょう。また、今後人口が減少していくと考えられるエリアに不動産を所有しているのであれば、売却して東京をはじめとした人口の増加が見込めるエリアの物件を購入するのも方法です。
まとめ
収益物件を生前贈与するときは、相続時精算課税制度を利用すると2,500万円まで贈与税が非課税となります。贈与した不動産は相続税の課税対象となりますが、贈与したときの価値で税額が計算されるため、相続時に不動産の価値が上昇していれば評価額を圧縮できるでしょう。
一方で不動産を生前贈与すると小規模宅地等の特例が使えないだけでなく、不動産取得税や登録免許税などのコストも発生します。相続時精算課税制度で不動産を贈与しても相続時に価値が下がっていると損をするかもしれません。不動産の贈与を検討している方は、相続や贈与に精通した税理士に相談をするのがおすすめです。