個人事業主という言葉は頻繫に使われているものの、定義は意外と知られていません。
個人事業主は「法人」を設立せずに個人で事業を営んでいる人を指します。
「フリーランス」や「自営業」と混同されやすいですが、どちらとも異なります。
会社員として働く傍ら、独立や副業で個人事業主になることを検討している方もいらっしゃるかもしれませんね。
独立するなら個人事業主と法人のどちらになるべきか、個人事業主として開業するベストなタイミングはいつかなど、個人事業主にまつわる疑問を抱えている方も多くいらっしゃるでしょう。
この記事では、個人事業主として働く際に欠かせない基礎知識や、よくある疑問を徹底的に解説します。
1.個人事業主とは?
個人事業主とは、法人を設立することなく個人で「事業」を営んでいる人を指す言葉です。
「事業を営む」とは、具体的にいえば「事業所得」を得ている状態です。
一般的に、給与所得者が副業で収入を得ても「事業所得」と見なされることはまれであり、ほとんどの場合「雑所得」として扱われます。
事業所得として見なされるためには、その事業が「繰り返し・継続して・かつ独立」して行われているかどどうかが問われます。
個人事業主として開業するための手続きは、税務署に開業届を提出するだけです。
しかし、開業届を出したからといってただちに「事業所得」と認められるわけではありません。
副業の収入が「雑所得」と見なされているうちは、開業届を提出しても税金面や金銭面でのメリットは薄いといえます。
2.個人事業主とその他の形態の特徴の違いは?
このような疑問をお持ちの方は多くいらっしゃるでしょう。
個人事業主と法人は事業開始時にかかる費用と手続き、課される税金の種類、経費として計上できる範囲、社会的信用などの点で異なります。
また、個人事業主とフリーランス、自営業は混同されやすい概念ですが、正確には異なります。
ここからは、個人事業主とその他の形態の特徴の違いを詳しく確認していきましょう。
2-1.個人事業主と法人の違い
将来的に独立を見据えており、個人事業主と法人のどちらを選ぶか迷っている方もいらっしゃるかもしれませんね。
まずは個人事業主と法人の違いを把握しておきましょう。
個人事業主と法人は以下の四つの点で異なります。
- 違い1 事業開始時の手続きと費用
- 違い2 税金
- 違い3 経費の範囲
- 違い4 社会的信用
違い1 事業開始時の手続きと費用
個人事業主として開業する手続きは税務署への開業届の提出のみであり、法定費用は発生しません。
一方、法人の場合は設立する会社形態に応じて申し込みから登記完了まで数週間から数カ月かかり、費用もかさみます。
登記にかかる費用は株式会社の場合約25万円、合同会社の場合約10万円以上です。
また、会社の信用度を高めるためには「資本金」も用意しなければいけません。
資本金の金額は「会社の設立から3カ月間利益が出なかったとしても事業を継続できる額」が一般的です。
登記が完了してからも税務署、自治体、年金事務所、労働基準監督署などに複数の種類の書類を提出する必要があります。
違い2 税金
個人事業主と法人では課される税金の種類が異なります。
- ・所得税
- ・個人住民税
- ・消費税
- ・個人事業税
- ・法人税
- ・法人住民税
- ・消費税
- ・法人事業税
所得税の税率は、所得額が大きくなるにつれて税率も高くなる「累進税率」です。
所得額が4,000万円を超える場合、税率はなんと45%です。
一方、法人税の税率は資本金や所得によって決まりますが、最大税率は23.4%です。
資本金が1憶円以下であり、所得が800万円の法人に課される法人税は15%ですが、所得が800万円の個人事業主に課される所得税は23%です。
ただし、赤字経営となってしまった場合は所得税や住民税の負担がなくなる個人事業主の方が有利といえます。
法人住民税は赤字であっても発生してしまうためです。
違い3 経費の範囲
個人事業主・法人を問わず、基本的に事業にかかった費用は全て経費として計上できます。
個人事業主で自宅をオフィスと兼ねている場合、家賃や光熱費の一部が事業にかかる必要経費として認められます(家事按分)。
家賃、水道光熱費の他、通信費、自動車関連の費用が家事按分できる場合があります。
また、打ち合わせに利用した飲食店での会計や宴会などの会食代、仕事での付き合いであれば慶弔費なども経費に含まれます。
法人では経費として認められる交際費には限度額がありますが、個人事業主の場合はありません。
法人の場合は個人事業主よりも経費として計上できる範囲が広くなります。
最大の特徴は自分に支払った給与や賞与、退職金も経費として計上し、利益から控除ができることです。
自分の得た収入を経費として計上することができない個人事業主と比べて、大きな節税メリットがあるといえるでしょう。
また、法人が契約者となる生命保険は場合によっては全額経費と認められます。
一方、個人事業主の生命保険料は経費としては計上されません。
所得控除として所得額から引かれる場合も、限度額は12万円と決められています。
違い4 社会的信用
社会的な信用度という観点では法人の方が個人事業主よりも勝っているといえるでしょう。
なかには個人事業主とは取引をしないという企業もあります。
また、銀行からの融資や人材の採用という面でも社会的な信用度の高い法人の方が有利といえるでしょう。
2-2.個人事業主とフリーランスの違い
個人事業主は税務署に開業届を提出して事業を営む人を指す税法上の区分です。
一方、フリーランスは税法上の区分ではなく、特定の法人や団体に属さずに業務を行う「働き方」を指す言葉です。
会社や団体に属していなければ、開業届を提出していない個人も、開業届を提出した個人事業主も、法人化した個人も全て「フリーランス」と呼ぶことができます。
2-3.個人事業主と自営業の違い
「自営業」も、「フリーランス」と同様に個人事業主と間違われやすい用語です。
自営業とは文字どおり「自ら事業を営んでいる人」を指します。
自営業は自身で事業を営む個人・個人事業主・法人化した個人を全て含みます。
飲食店や小売業など店舗を持っている方も含まれることから、「自営業」は「フリーランス」よりも大きなくくりであるといえます。
3.個人事業主関連のよくある疑問を解決
個人事業主として働くことに興味を持っていて、このような疑問をお持ちの方は多くいらっしゃるでしょう。
ここからは個人事業主に関連する以下の四つの疑問にお答えします。
- 疑問1 サラリーマンと兼業できる?
- 疑問2 個人事業主でも人を雇えるの?
- 疑問3 開業するべきタイミングはいつ?
- 疑問4 独立するなら個人事業主or法人?
疑問1 サラリーマンと兼業できる?
結論からいえば、サラリーマンと個人事業主を兼業することは可能です。
ただし、個人事業主として開業する前に必ず勤め先の就業規則を確認しましょう。
近年副業を認める会社は増えてきているものの、就業規則で副業を禁止している会社もあります。
就業規則で副業が禁じられているにもかかわらず会社に黙って個人事業主になった場合、会社に知られてしまった時点で懲戒処分、最悪の場合は解雇される恐れもあります。
副業を理由とする解雇は法律的にその是非を争うこともできますが、このようなトラブルはなるべく回避したいものですよね。
会社の就業規則で副業が許可されていれば、サラリーマンと個人事業主の兼業で働くことができますよ。
疑問2 個人事業主でも人を雇えるの?
このような心配をしている方もいらっしゃるかもしれませんね。
しかし、個人事業主の「個人」は「法人」と対になる言葉であり、「一人で」という意味ではありません。
そのため、個人事業主でも問題なく従業員を雇うことができます。
従業員を雇用する際にするべきことは以下の3点です。
- ・労働条件の通知
- ・労災保険(に加え、必要であれば雇用保険)の加入
- ・法定三帳簿(労働者名簿・出勤簿・賃金台帳)をそろえる
労災保険とは従業員が勤務中や通勤中にけがなどをした場合に、診療費や休職中の給料の保障などを受けるためのものです。
労災保険は雇用の形態がアルバイトでも正社員でも、勤務時間の長短にかかわらず雇う側は必ず加入しなければいけない保険です。
一方、雇用保険は従業員が退職した際に失業保険などを受けるための保険です。
以下の三つの条件を満たす人を雇用する場合は加入しなければいけません。
- ・1週間に20時間以上働く予定である
- ・31日以上雇用する予定である
- ・学生ではない(夜間や通信、定時制の場合は適用の対象)
疑問3 開業するべきタイミングはいつ?
このように個人事業主として開業するタイミングをうかがっている方もいらっしゃるでしょう。
「なぜ個人事業主として開業するのか」を考えれば、開業をするべきタイミングはおのずと分かります。
個人事業主として開業すると、税金面でのメリットを受けられるようになります。
- ・所得税の区分が「事業所得」となり、課税の対象が「収入から経費を引いた金額」となる
- ・確定申告の際、白色申告よりも税制上のメリットが大きい青色申告ができる
副業の収入が年間20万円以下の場合は確定申告の必要はありません。
したがって、個人事業主として開業する意義は薄いといえます。
副業の収入が年間数百万円以上になると、税金面でのメリットが大きくなるため開業を検討するべきでしょう。
開業届を提出することで社会的な信用が高まり、企業からの依頼を受けやすくなる場合もあります。
個人事業主としての開業の手続きは「4.個人事業主になるための手続き」で詳しく解説します。
疑問4 独立するなら個人事業主or法人?
法人と個人事業主では事業開始時の費用や手続き、税金の種類、経費として計上できる範囲、社会的な信用の面で異なります。
個人事業主は法人と比べて少ない資金で、スピーディーな開業が可能である点にメリットがあります。
一方、法人は個人事業主よりも所得税率が緩やかであり、経費に含まれる範囲が広く、社会的な信用度が高いという利点があります。
他にも法人か個人事業主かを選択する際に考えるべきポイントはいくつかあります。
- ・見込み取引先の条件
- ・資金調達の方法
- ・スタートから従業員を雇用するかどうか
まずは見込み取引先が個人事業主との契約に応じているかどうかを確認しましょう。
取引先によっては法人でなければ契約を結べないという場合もあります。
同様に、金融機関によっては個人事業主への融資に対応していないところもあります。
また、事業を開始してすぐに複数人の従業員を雇う場合は、給与を経費計上できるよう会社を設立した方が良いでしょう。
4.個人事業主になるための手続き
個人事業主として開業することを決めたら、まずは個人事業主になるための手続きを確認しましょう。
ここからは個人事業主になるための手続きを以下の三つの段階に分けて詳しく解説します。
4-1.事業開始日より前にやるべきこと
事業開始日よりも前にやるべきことは「独立して個人事業主になる場合」と「副業で個人事業主になる場合」で異なります。
ケースごとに確認しましょう。
4-1-1.独立して個人事業主になる場合
個人事業主として独立したいとお考えの方は、会社在籍中に住宅ローンやクレジットカードを申し込むと良いでしょう。
一般的に、個人事業主は会社員よりも社会的な信用度が低いといわれています。
そのため、個人事業主になってから申し込んだのではクレジットカードや住宅ローンの審査に落ちてしまう可能性が高いのです。
個人事業主におすすめのクレジットカードはこちら の記事でご紹介します。
4-1-2.副業で個人事業主になる場合
会社を辞めずに、副業として個人事業主になることも可能です。
その際は、会社の就業規則を必ず確認しましょう。
なかには副業を禁止している会社もあり、知らずに副業を始めてしまうとトラブルの原因になります。
また、副業の収入が20万円を超えると確定申告が必要になります。
4-2.事業開始後すぐにやるべきこと
個人事業主になるには、まず税務署に開業届を提出します。
他にも「青色申告承認申請書」をはじめ、必要に応じて提出しなければいけない書類があります。
これらの書類は種類によって記載する内容や提出期限が異なります。
税制メリットに関わるため、忘れずに提出しましょう。
4-2-1.開業届を提出
開業届の正式名称は「個人事業の開業・廃業等届出書」といいます。
開業届は国税庁のサイトからダウンロードできる他、所轄の税務署で受け取ることもできます。
原則的には開業日から1カ月以内に税務署に提出する決まりとなっています。
ただし、個人事業主を対象とした各種の支援金の要件に開業届の提出が含まれていることがあります。
開業届を提出していないことで損をしてしまう可能性もあるので、忘れずに提出しましょう。
4-2-2.青色申告承認申請書を提出
青色申告をしたい場合、申告する年の3月15日までに「青色申告承認申請書」を提出します。
確定申告の際に白色申告と青色申告のどちらを選ぶかでお悩みの方には、後ほどご紹介する会計ソフトのfreeeが提供している『青色申告の税額診断』の利用をおすすめします。
簡単な質問に答えるだけで、白色申告をした場合と比較してどれくらいの節税効果があるのかを算出してくれますよ。
4-2-3.その他の届け出
開業届、青色申告承認申請書の他、必要に応じて提出しなければいけない書類がいくつかあります。
例えば、「青色事業専従者給与に関する届出・変更届出書」は親族や配偶者に支払った給与を必要経費に算入するために必要になる届け出です。
その年の12月31日時点で年齢が15歳以上で、青色申告を行う方と生計を一にする親族や配偶者の方が対象となります。
「源泉所得税納期の特例の承認に関する申請書」は、従業員が10人未満の場合源泉徴収税の納付を月ごとから半年ごとに変更できる届け出です。
また、初めて従業員を雇用して給与を支払う場合、雇用から1カ月以内に「給与支払事務所等の開設届出書」を税務署に提出します。
4-3.開業届提出後にやるべきこと
開業届を提出し、個人事業主となった後は保険と年金の手続きを必ず行いましょう。
保険と年金の手続きは期限が定められている場合もあるので、早めに行動を起こすことが大切です。
4-3-1.国民健康保険への加入
会社を退職して個人事業主となった場合、健康保険については以下の3通りが考えられます。
- ・個人事業主向けの国民健康保険
- ・退職する会社で加入していた社会保険を継続
- ・扶養家族として健康保険に加入
このなかで最も一般的なのは、個人事業主を対象とした国民健康保険への加入です。
退職した日の翌日から14日以内に市区町村の役所で手続きを行います。
その際に必要となる書類は以下のとおりです。
- ・本人確認書類
- ・マイナンバーカード(顔写真付き)または通知カード
- ・退職したことを証明する書類
次に解説する国民年金の手続きも同じく役所で行うことができるため、併せて加入しておきましょう。
勤めていた会社の社会保険は、退職後20日以内に手続きをすれば最長2年の期限付きで継続することができます。
ただし、会社と折半だった保険料は1人で全額支払わなければいけません。
また、被保険者である両親や配偶者の健康保険に扶養対象者として加入するにはいくつかの条件を満たす必要があります。
具体的には、年収が130万円未満、被保険者の年収の2分の1以下の場合に加入することができます。
4-3-2.国民年金への加入
会社員を辞めて個人事業主になる場合、会社員が加入している厚生年金からは脱退し、国民年金への加入手続きを行います。
国民年金への切り替えは市区町村の役所の国民年金窓口にて、原則として退職から14日以内に行いましょう。
その際に必要な持ち物は以下のとおりです。
- ・退職したことを証明する書類
- ・身分証明書
- ・年金手帳
- ・印鑑
4-3-3.確定申告の準備
1年間の所得に課される税金を算出し、税務署に申告・納付する「確定申告」は個人事業主として働くに当たり重要な手続きです。
事業用の銀行口座を開設し、事業用のクレジットカードを発行することで経費の管理が行いやすい状態になります。
また、銀行口座やビジネスカードと連携すれば自動で仕訳を行ってくれる会計ソフトを導入することで、さらにスムーズに確定申告を行うことができます。
5.個人事業主におすすめの便利なサービス
個人事業主として開業する際の手続きについて、このような不安を抱えている方もいらっしゃるでしょう。
ここからは、個人事業主におすすめの便利なサービスをご紹介します。
これらのサービスを賢く利用することで、手続きに伴う労力を大幅に削減することができますよ。
5-1.開業届作成サービス
開業届を提出していないことによる罰則はありませんが、放置していると個人事業主を対象とした支援金などを利用できず思わぬ損をする恐れがあります。
また、税制上のメリットが大きい青色申告を行おうとする場合は必ず青色申告承認申請書を開業届と同時に提出しなければいけません。
「書類の記入が面倒でついつい後回しにしてしまう……。」
という方におすすめなのが、以下の開業届作成サービスです。
これらのサービスでは、Web上で指示に従って情報を記入するだけで、開業届や青色申告承認申請書などを簡単に作成できます。
書類の作成が完了すると提出先の税務署を確認することができ、開業届の作成から提出までを万全にサポートしてくれますよ。
ともに無料で利用できるため、開業の手続きにお困りの方の強い味方であるといえるでしょう。
5-2.請求書作成サービス
事業が軌道に乗ってくると、複数の取引先に対して請求書の作成や送付を行わなければならないこともあるでしょう。
請求書の発行に伴う業務を一人でやろうとすると時間がかかり、そのための人材を雇うと金銭的なコストがかかります。
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5-3.会計ソフト
個人事業主として働きながら、仕訳作業や確定申告の準備を行うことに慌ただしさを感じている方は多くいらっしゃるでしょう。
そういう方には、オンラインで会計データを処理できるクラウド型の会計ソフトの導入をおすすめします。
スマホアプリに対応している会計ソフトなら、日々のちょっとした時間でスマートフォンを使って会計処理を行うことが可能ですよ。
おすすめの会計ソフトについてはこちらの記事で詳しく解説しています。
6.まとめ
個人事業主とは法人を設立せずに事業を営んでいる個人を指す言葉です。
個人事業主は、法人と比べて開業時の手続きが簡便で、費用がかからないのが利点です。
一方、法人よりも税率が高めに設定されており、経費の範囲が狭く、社会的な信用度においては劣るというデメリットもあります。
独立や副業で個人事業主と法人のどちらを選ぶか迷っている方は、双方のメリット・デメリットを把握した上で自分に合った選択をすると良いでしょう。
また、個人事業主として開業するに当たってのさまざまな手続きは個人事業主向けのサービスを導入することで労力を大幅にカットすることができます。
本記事でご紹介したサービスを賢く利用すれば、本業に割ける時間を増やすことができますよ。